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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1402号 判決

原告

金沢成豊こと金成侃

ほか二名

被告

新日本リフト興業株式会社

ほか二名

主文

被告らは連帯して原告金成侃に対し金八、一九二円、原告金暢淑に対し金一万一、四四〇円およびこれらに対する各昭和四四年二月二二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告金成侃、同金暢淑の本訴その余の各請求および原告許瑛淑の本訴各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、原告許瑛淑と被告らとの間に生じたものは原告許瑛淑の負担とし、原告金成侃同金暢淑と被告らとの間に生じたものはこれを一〇分し、その九を原告金成侃、同金暢淑の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは連帯して原告金成侃に対し金四五万円、原告金暢源に対し金二五万一、六二五円、原告許瑛淑に対し金一五万円、およびこれらに対する各昭和四四年二月二二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告成侃は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四三年一〇月二七日午後〇時五〇分頃

(二)  発生地 東京都足立区梅田町二丁目四番一五号

(三)  加害車 自家用普通貨物自動車(足立四さ一九三九号)

運転者 被告 遠藤

(四)  被害者 原告成侃

(五)  態様 被告遠藤は、加害車を運転進行中、原告成侃に加害車前部を衝突させ、同原告を約四米はねとばし、路上に転倒させた。

(六)  被害者である原告成侃の傷害の部位程度は、次のとおりである。

脳震盪症、両膝関節打撲症

(七)  また、その後遺症は次のとおりである。

前頭部左側頭部打撲外傷後遺症として、てんかん様の発作症状があり、食欲は少々不振、不気嫌な徴候を示すほか、右側膝蓋反射滅弱し歩行障害および足肢行をなす。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車をその所有者である訴外東京トヨタデイーゼル株式会社の承諾をえて、被告会社業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告高木は、被告会社の代表取締役として被告会社に代り現実に被告遠藤に、その業務に関し指示を与え、その業務執行を監督する立場にあつたものであるから、民法七一五条二項による責任。

(三)  被告遠藤は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

被告遠藤は、自動車運転手として、進路前方を注視し、障害となるものの迅速な発見につとめ、衝突等の危険を避けるべき義務があるのに、これを怠り、漫然進行していたため、前方路上の原告成侃の発見がおくれ、なんら有効な措置をとりえぬまゝ、本件事故に至るという過失を犯したものである。

三  (損害)

(一)  治療費等 金六万〇、六二五円

原告成侃は、本件事故による傷害治療のため、事故後梅田病院において応急手当をうけ、そのあと、昭和四三年一〇月二七日より三〇日迄水野整形外科病院に入院し治療をうけたのであるが、右治療後も原告成侃は頭痛を覚え、赤不動病院に通院し治療をうけている状況であり、その間次のとおり父親たる原告暢淑は出費を余儀なくされた。

1 梅田病院治療費 金三、二〇〇円

2 水野整形外科病院治療費 金二万八、五八〇円

3 水野病院入院雑費 金一万円

4 右二病院への入・通院に関した交通費(一回片道三〇〇円) 金六、〇〇〇円

5 赤不動病院治療費 金三、八四五円

6 脳波検査料 金九、〇〇〇円

(二)  慰藉料

原告成侃の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み金四五万円が相当である。

原告暢淑、同瑛淑は原告成侃の父および母であり、実子が前記のような傷害を受けたことによる精神的損害は甚大である。これを慰藉するには、各金一五万円ずつをもつてするのが相当である。

(三)  損害の填補

原告暢淑は治療費等負担者および原告成侃法定代理人として、被告らから本件損害賠償金内金として既に金一万九、〇〇〇円の支払いを受けたほか、自賠責保険金三万六、〇二五円の給付を受け、これを本件損害金内金に充当した。

(四)  弁護士費用

右のとおり、原告らは本件事故による損害賠償金支払を被告らに対し請求しうるものであるところから、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、原告暢淑は金五万円を、手数料として支払つた。

四  (結論)

よつて、被告らに対し、右損害金請求として、原告成侃は金四五万円、原告暢淑は金二五万一、六二五円、原告瑛淑は金一五万円、およびこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年二月二二日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の連帯支払いを求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中、(一)ないし(六)は認める。(七)は否認する。

第二項中、(一)は認める。(二)のうち、被告高木が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。(三)は否認する。

第三項中、原告成侃が本件事故による受傷治療のため梅田病院、水野病院で診療を受け、その治療費として原告暢淑が金三、二〇〇円、二万八、五八〇円を負担するに至つたことと、脳波検査をうけ料金九、〇〇〇円を負担するに至つていること、原告暢淑、同瑛淑が原告成侃の父および母であること、被告らより本件事故につき金一万九、〇〇〇円が支払われ、さらに自賠責保険金が少なくとも金三万六、〇二五円給付されていること、は認めるが、その余の事実は不知。

第四項は争う。

二  (事故態様に関する主張)

本件事故は原告成侃の飛出しに起因するものである。

被告遠藤は、本件事故地点に時速約四〇粁で差掛つたのであるが、その際加害車の左側を進行していた小型貨物自動車の前方から突然原告成侃が道路を横切ろうとして、自車道路前方に現われたのを発見し、急制動し、さらにハンドルを切り衝突を避けようとしたのであるが、近距離で、しかも左側進行車の蔭から急に原告成侃が飛出したものであつたため避け切れなかつたものである。

三  (抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告遠藤には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者である原告成侃の過失によるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

(二)  損害の填補

原告らは、自陳の損害賠償金内金受領のほか、なお金一万八、〇〇〇円の自賠責保険金の給付を受け、被告らより金二、〇〇〇円相当の見舞品を受領しているので、右額は本訴請求額より控除されるべきである。

第五抗弁事実に対する原告らの認否

いずれも否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  原告ら主張請求の原因事実第一項(一)ないし(六)の事実は当事者間に争いないが、被告らは、本件事故発生につき加害車の運転手である被告遠藤には過失はないことを基盤に無過失ないし免責を主張するので、まずこの点について検討する。

〔証拠略〕を総合すると次のような事実を認めることができる。

本件事故発生地点は、日光街道と呼ばれ、東京都内より埼玉県草加方面に通じる歩車道の区分ある片側三車線で車道幅員は片側で約八米余の道路上にあり、付近南寄りには横断歩道橋があり、また事故地点北寄り五ないし六米のところに、幅員約三米の路地が、右日光街道と交差する地形となつている。原告成侃は昭和三九年六月二九日生で事故時満四才四カ月であつたが、一、二才年長の親族と連れ立つて、自宅と右道路をはさんで所在する菓子店に買物に行き、同行者は歩道橋を利用して帰宅したのに、原告成侃は、ひとり車道を歩行横断しようとし、折柄車道を草加方面に向け北進中の小型ライトバンが、これを認め、徐行措置をとつたため、その直前を東行横断し、さらに加害車進路となる道路センター・ラインよりの地点に進行してきた。他方被告遠藤は加害車を運転し、時速約四〇粁で事故現場に、右ライトバンに僅かに遅れ、これより中央線寄りを北進してきて、至つたのであるが、その少し前、加害車を追抜くほどの速度で進行していた右ライトバンが事故地点手前約五〇米あたりから、道路変更等の気配もなく、徐行措置をとつたのを認めつつ、被告遠藤は加害車をそのまゝの速度で進行させたため、原告成侃がライトバンの直前を横切り、自車前方約五米の地点に現われて、始めて危険な事態を悟るに至つたが両者相互距離が近接していたため、急制動を及ばず本件事故に至つている。

以上のような事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕は前掲証拠と対比すると、事実を正確に反映したものとはいえず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、被告遠藤は、小型ライトバンの徐行があつたのに、右事態の究明をせず、しかも、ライトバンの前方を充分見とおすことができなかつたのに、その安全を確認しないまゝ、なんら徐行措置もとらず進行し続ける過失を犯したため、原告成侃を発見して直ちに制動措置をとつても停車するに至らず、本件事故を惹起するに至つているのであるから、被告遠藤は不法行為者として、また、運転者である被告遠藤に右のとおり過失ある以上、運行供用者であることを争わない被告会社は、その余の免責要件について検討を加えるまでもなく、いずれも、本件事故につき損害賠償義務を負わなくてはならない。

また被告高木についても、〔証拠略〕により認められるところの、被告会社は資本金額、発行済株式総数はさしたるものでなく、従業員数も一五・一六名程度の規模のもので、部課長制も確立しておらず、事業の遂行は代表者である被告高木の指揮下にあつたとの事実(被告高木が被告会社の代表者であることは当事者間に争いない)によれば、被告高木は被告会社に代り現実に被告遠藤の業務執行を監督する立場にあつたものといえるので、同被告も代理監督者として本件事故につき損害賠償義務を負わなくてはならない。

しかし、他方原告成侃にも、近くの横断歩道橋を利用せず広範な道路を安全確認を充分なしえぬ身で横断しようとしている落度があり、これが本件事故発生に寄生していることは前認定のとおりであるから、これを賠償額算定に当り斟酌するのが相当であり、右内容を総合勘案すると、被告らは原告らの相当の損害のうち六五%を賠償するのが正当である。

なお、前認定原告成侃の事故時四才四カ月という年令に鑑みると、原告成侃に交通の危険についての弁識能力を前提とする過失を肯定することはできないけれども、右認定原告の行為は、原告がその感得した外界現象に反応して、原告自身の人間行動としてなされ、加害者側の支配・責任領域の範囲外に完全にあるもので、原告の右行動によつて生じた損害該当分は、原告と同一の社会的経済的単一生活体の側で負担すべきものとするのが、過失相殺制度の根底にある衡平則に合致するところと考えられる(東京地判昭和四四年一〇月二二日判決交通民集二巻五号一四八四頁、東京地判昭和四六年二月一八日判決判例クイムス二六一号二三六頁等参照)ので、原告成侃の行為を端的に評価し、原告らの損害額算定に過失相殺を行なうこととする。

二  原告らの損害について判断する。

(一)  治療費等

原告成侃が本件事故による傷害治療のため、梅田病院と水野整形外科病院で診療を受けたほか脳波検査をなし、これらの費用として、原告暢淑が金三、二〇〇円、金二万八五八〇円、金九、〇〇〇円を負担するに至つたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると、原告成侃は、本件事故による傷害の治療のため、都内足立区西新井の水野整形外科病院に昭和四三年一〇月二七日より同月三〇日迄入院、昭和四三年一一月三日前同病院に一回、昭和四四年一月一七日および同月二七日の二回、都内足立区梅田四丁目の赤不動病院に、いずれも当時の住居である都内足立区梅田六丁目三番一二号より通院し診療を受け、赤不動病院に右各受診と共に合計金三、八四五円の費用を原告暢淑は父親として負担するに至つたほか(原告暢淑が原告成侃の父親であることは当事者間に争いない)、右通院のためおよび入院中両親が見舞のため交通費として金四、八〇〇円、入院生活に伴ない購入せざるをえない雑品類代金通信連絡費用として金一万円程度を原告暢淑は負担していることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないところ、右事実によると、治療費・検査料合計金四万四、六二五円は、本件事故とすべて相当因果関係をもつ損害といえるか、交通費については、原告成侃の前認定年令よりみて両親のいずれか一名の見舞は相当であるにしても、そして、そのうち交通機関を必要とする場合も、それはすべて公共交通機関によるべきであり、また昭和四四年に入つてからの通院は、その距離関係・通院時期よりみて、特段の交通費を要しないものと判断できるので、結局水野病院への見舞のための電車運賃ならびに退院時と同病院への通院往復タクシー料金として全部で金一、〇四〇円が相当の範囲の損害であり、入院雑費は入院期間等よりみて金一、五〇〇円の限度で相当であり、これらを各こえる部分は本件事故と相当の因果関係をもたないとみるべきであるので、従つて本件事故による相当の治療関係損害は金四万七、一六五円となる。

(二)  慰藉料 金六万円

前認定原告成侃の受傷部位・程度、治療経過のほか、〔証拠略〕により認められる、原告成侃の治療の経過は良好で、退院後は平常人と殆んどかわるところなく、昭和四三年一一月に受けた脳波検査の結果も異状なく、昭和四四年一月頃事故に起因する症状として頭痛を自覚したことがあつたが、二度の通院治療で回復し、その後受診の必要はなくなつている状況や、その他本件諸事情を総合評定すると、本件事故により原告成侃の豪つた精神的損害は金六万円をもつて慰藉するのが相当と判断できる。

しかし、原告成侃の両親である原告暢淑および原告瑛淑(この点は当事者間に争いない)は、子である原告成侃の前認定の程度の受傷によつては、まだ固有の慰藉料を求めることは到底できないので、原告暢淑、同瑛淑の各慰藉料請求は理由なく失当である。

三  そうすると、原告成侃は相当慰藉料金六万円のうち、前認定過失斟酌割合六五%に従つた金三万九、〇〇〇円、原告暢淑は相当治療関係費金四万七、一六五円のうち、同じく過失割合に従つた金三万〇六五七円(円未満は五〇銭以上切上げ方式による)、を各被告らに連帯して支払を求めえたことになる。

ところで、本件事故については、自賠責保険金より金三万六、〇二五円、被告らより金一万九〇〇〇円が支払われていることは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると、右金員は、いずれも遅延損害金以外の債権に充当する当事者間の意思でもつて、原告成侃法定代理人兼本人としての原告暢淑において受領されていることが認められるので、右受領金は、原告成侃と同暢淑の右認定債権額に比例按分充当すべきことになり、従つて原告成侃については金三万〇、八〇八円、原告暢淑については金二万四、二一七円、相当分が既に弁済により、その損害賠傷請求債権は消滅していることになる。従つてなお支払を求めうるのは、原告成侃は金八、一九二円、原告暢淑は金六、四四〇円となる。

なお被告らは、右弁済分のほか、本件事故につき自賠責保険金がなお金一万八、〇〇〇円支払われている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、これにより原告らの請求債権を減額させることはできず、そのほか、被告らは金二、〇〇〇円相当の見舞品交付をも主張し、右見舞品交付の事実は原告暢淑本人尋問の結果により認めうるものの、右が金銭債権である本訴請求損害賠償債権に対する弁済となりうる旨の主張立証がなんらなされていない本件でこれをもつて本訴請求債権を減額させることはできず、これら被告の主張はいずれも採用することはできない。

四  以上のとおり、原告成侃は金八、一九二円、原告暢淑は金六、四四〇円の各賠償の連帯支払を被告らに求めうるところ、〔証拠略〕によると、被告らは原告らに右債権を任意に弁済しようとしなかつたので、原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に取立を委任し、着手金として原告暢淑は金五万円を支払つていること、および、本件につき自賠責保険金が給付されたのは、本訴提起後の昭和四四年七月であること、が認められ、右認定に反する証拠はないところ、右事実のほか、本訴訴訟経緯、認容額に鑑みると、原告暢淑は右弁護士費用のうち金五、〇〇〇円の限度で被告らに連帯しての負担を求めうるにとどまるとみるのが相当であり、これをこえる部分は理由なく失当である。

五  従つて、原告成侃は金八、一九二円、原暢告淑は金一万一四四〇円、およびこれらに対する本件事故日よりも、また各損害費目支払期日よりも後の日で、被告のいずれにも本訴訴状が送達され終つた日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年二月二二日より各支払済み迄年五分の割合による民事遅延損害金の連帯しての支払を被告らに求めうるので、この限度で原告成侃、同暢淑の本訴各請求を認容し、右原告両名の本訴その余の各請求と、原告瑛淑の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言について同法一九六条、を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

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